賃貸経営を法人化するとき、土地は個人に残して建物のみを自分の資産管理会社へ売却する。区内でアパートを経営する個人オーナーの方から、この「建物のみ法人化」の売却価格をいくらにすればよいかというご相談を、顧問税理士の先生方とあわせていただきます。簿価で売れば譲渡益が出ないと聞き、そのまま進めようとしているケースも少なくありません。
結論から申し上げます。建物のみを法人へ売却するときの基準は時価であり、帳簿上の未償却残高でも固定資産税評価額でもありません。後述する瑞江の木造アパートの想定では、未償却残高が約454万円なのに対し、鑑定評価の手法で組み立てた建物の価格は約2,500万円です。時価の2分の1未満の価格で法人に売ると、個人側には時価で売ったものとみなす課税が、法人側には時価との差額に対する受贈益の課税が生じ得ます。築年が進んだ木造アパートほど、簿価と時価の差は大きく開きます。
本記事では、私たち鑑定士が木造アパートの建物の価格をどう組み立てるか、そして土地を貸す側の手続きである「土地の無償返還に関する届出書」と建物価格をどう整合させるかを、江戸川区の想定事例で整理します。所得税・法人税・相続税の具体的な取扱いは個別の事情で変わりますので、必ず税理士にご確認ください。
賃貸経営の法人化で「建物のみ」売却が選ばれる理由
土地まで移すと何が重いのか
アパートの賃料収入を法人に移す方法として、土地と建物の両方を売る形も考えられます。しかし土地まで移すと、法人は土地代金を用意しなければならず、個人側には長年保有してきた土地の譲渡所得が生じます。区内の住宅地は地価の上昇が続いており、土地を動かすコストは年々大きくなっています。
建物のみ移す法人化の基本形
そこで多く使われるのが、建物だけを法人に売り、土地は個人が法人に貸す形です。賃料収入は建物の所有者である法人に入り、個人は法人から地代を受け取ります。この形では、価格を決めるべき取引が二つあります。一つは建物の売買価格、もう一つは土地の貸し方(権利金と地代)です。両者は別々に決めるものではなく、セットで整合している必要があります。
建物のみ売却の時価はいくらか、候補額を比べる
瑞江の木造アパートを想定する
具体的な数字を置きます。以下は説明のための想定であり、個別物件の評価額を示すものではありません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 立地 | 都営新宿線瑞江駅から徒歩12分、第一種住居地域 |
| 土地 | 180平方メートル、更地としての価格を1平方メートルあたり40万円と想定(約7,200万円) |
| 建物 | 木造2階建て、延べ220平方メートル、1K(25平方メートル)8戸、2008年竣工の築18年 |
| 収入 | 1戸月6.5万円、満室で年624万円 |
土地単価は、近隣の公示地価(江戸川-2、瑞江1丁目、2026年1月1日時点で1平方メートルあたり48万1,000円)を基に、駅からの距離を考慮して置いたものです。オーナーは個人で、建物のみを自身が株式を持つ資産管理会社に売却する計画です。
未償却残高・固定資産税評価額・鑑定評価額
同じ建物でも、どの数字を「価格」と呼ぶかで大きく変わります。
| 候補額 | 金額 | 性格 |
|---|---|---|
| 未償却残高 | 約454万円 | 取得価額2,640万円を耐用年数22年の定額法で18年償却した残り |
| 固定資産税評価額 | 約1,100万円(想定) | 課税のための評価。再建築費に経年減点補正率を掛けて求める |
| 鑑定評価の手法による価格 | 約2,500万円 | 再調達原価と収益から求めた、取引の基準とすべき時価 |
未償却残高は、税務上の耐用年数で機械的に費用化した残りにすぎません。木造住宅用の建物の法定耐用年数は22年ですから、築22年を超えると帳簿上はほぼ1円になります。満室で年624万円の賃料を生む建物が、第三者間で1円で取引されることはあり得ません。固定資産税評価額と時価の関係は固定資産税評価額は時価の何割かで詳しく扱いましたが、建物でも時価を下回るのが通常です。
時価の2分の1未満で売るとどうなるか
個人が法人に対して時価の2分の1未満の対価で資産を譲渡した場合、所得税法59条1項2号により、時価で譲渡したものとみなされます(みなし譲渡)。想定事例で時価を2,500万円とすると、2分の1は1,250万円です。未償却残高の454万円はもちろん、固定資産税評価額の1,100万円でもこの線を下回ります。
みなし譲渡が適用されると、個人は2,500万円で売ったものとして譲渡所得を計算します。譲渡益は約2,046万円、長期譲渡所得の税率20.315%を当てると税額は概算で約416万円です。さらに法人側では、時価と支払額の差額約2,046万円が受贈益として益金に算入されます(法人税法22条2項)。個人と法人の両方で課税されるおそれがあります。
時価の2分の1以上であっても、時価を下回る価格であれば法人側の受贈益の問題は残りますし、同族会社の行為計算否認(所得税法157条)の対象となる余地もあります。築浅で簿価と時価が近い建物なら簿価で説明できる場面もありますが、築年が進んだ建物ほど簿価売却の危うさは増します。課税関係の判断は、必ず税理士にご確認ください。
木造アパートの建物評価を鑑定評価基準で組み立てる
建物のみの評価は「全体の内訳」として求める
不動産鑑定評価基準(各論第1章第3節)は、建物とその敷地が一体として市場性を有する場合の建物のみの鑑定評価について、敷地と一体化している状態を前提に、全体の鑑定評価額の内訳として建物を部分鑑定評価するものとしています。そのうえで、建物の鑑定評価額は積算価格、配分法に基づく比準価格、建物残余法による収益価格を関連づけて決定するとされています。建物のみの売買事例はほとんど無いため、実務では積算価格と建物残余法が中心です。
積算価格:再調達原価から減価修正する
積算価格(いま同じ建物を建て直すといくらかかるかを求め、古くなった分を差し引いた価格)から組み立てます。国土交通省の建築着工統計調査によると、2025年に東京都で着工した木造の貸家(共同住宅)の工事費予定額は、1平方メートルあたり約28.1万円です。延べ220平方メートルを掛けると、再調達原価は約6,180万円です。
次に減価修正(経年や劣化による価値の減少を差し引くこと)を行います。木造アパートの経済的耐用年数(市場で賃貸住宅として使い続けられる期間)を35年と見ると、築18年の残存は17年です。6,180万円×17÷35で約3,000万円、さらに外壁塗装や給湯器の更新時期が来ている点を観察減価として約200万円差し引き、積算価格は約2,800万円となります。法定耐用年数22年と経済的耐用年数は別物です。
建物残余法:土地の取り分を引いた残りが建物の稼ぎ
建物残余法(不動産全体の純収益から土地に帰属する分を差し引き、残りを建物の稼ぎとして還元する方法)でも確認します。
| 項目 | 前提 | 年額 |
|---|---|---|
| 満室賃料 | 月6.5万円×8戸 | 624万円 |
| 空室等損失 | 5% | ▲31万円 |
| 運営費用 | 管理・修繕・固都税・保険・募集 | ▲130万円 |
| 大規模修繕の積立 | 資本的支出の平準化 | ▲33万円 |
| 純収益 | 430万円 | |
| 土地に帰属する純収益 | 7,200万円×4.7% | ▲338万円 |
| 建物に帰属する純収益 | 92万円 |
建物に帰属する純収益92万円を、還元利回り4.7%・残存17年で現在価値に割り戻すと、収益価格は約1,050万円です。
2つの価格をどう関連づけるか
積算価格約2,800万円に対して、建物残余法は約1,050万円と大きく下回りました。地価の高い区内では土地の取り分が純収益の大半を占めるため、建物残余法は土地価格と利回りのわずかな置き方で大きく振れます。一方で、全体の収益価格(430万円÷4.7%で約9,150万円)は、土地と積算価格の合計約1億円をやや下回っており、市場では積算価格ほどの評価は得にくいことも示しています。
この想定では、積算価格を中心に、建物残余法と全体の収益性による検証を踏まえて、建物の価格を約2,500万円と判断しました。どの手法をどう重視したかを説明できることが、時価の根拠になります。
無償返還の届出と建物価格の整合をとる
届出をしないと借地権の認定課税
建物だけを法人に移すと、法人は個人の土地の上に建物を所有することになります。権利金の授受がなく、相当の地代(おおむね土地の更地価格の年6%)も支払わない場合、法人が借地権相当額の利益を無償で受けたとして課税される可能性があります。これを借地権の認定課税といいます。想定事例で借地権割合を60%とすると、その規模は約4,300万円にもなり得ます。借地権割合の考え方は江戸川区の借地権割合は60%が中心をご覧ください。
この認定課税を避けるために使われるのが、土地の無償返還に関する届出書です(法人税基本通達13-1-7)。将来、借地を無償で返還することを土地所有者と法人が連名で税務署長に届け出るもので、相当の地代の年約430万円を支払えない多くのケースでこの方法がとられます。
届出後の地代と相続税評価
届出を出したうえで、地代を固定資産税等の負担を上回る水準で支払う賃貸借とするか、それ以下の使用貸借とするかで、個人に残る土地の相続税評価が変わります。賃貸借の場合は自用地としての価額の80%、使用貸借の場合は自用地としての価額で評価するのが原則です。賃貸借の場合は、貸付事業用宅地等として小規模宅地等の特例の対象になり得る点も検討材料になります。地代をいくらにするかは、相続税・法人税の両面から税理士にご確認ください。
建物価格に借地権を上乗せしない
無償返還の届出を出すということは、法人は借地権という財産を持たないという前提に立つことです。したがって、建物の売買価格に借地権の価値を上乗せする理由はありません。私たち鑑定士は、届出の有無と地代の条件を確認したうえで、借地権を含まない建物そのものの価格として組み立てます。建物価格と土地の貸し方が一本の筋でつながっていれば、税務調査でも書面で説明できます。
江戸川区の木造アパートで評価がぶれやすい3つの点
修繕履歴で残存耐用年数が変わる
同じ築18年でも、外壁・屋根・配管を更新済みの建物と放置された建物では、残存耐用年数の見方が数年単位で変わります。工事記録は建物価格を支える資料です。
浸水想定と建物の減価
区内の多くの地域は、荒川・江戸川の氾濫時に深い浸水が想定されています。木造アパートの1階住戸は被害や募集への影響が出やすく、観察減価や賃料に反映させることがあります。地価との関係は浸水想定10メートルでも地価は上がるで取り上げました。
賃料を実額で置くか市場水準で置くか
長期入居者の賃料は新規募集の水準より低いことがよくあり、実額と再募集賃料の両方を確認します。この論点は同族会社の不動産売買、時価はどう決めるかでも取り上げました。
まとめ
賃貸経営の法人化で建物のみを売却するときの価格は、帳簿の未償却残高ではなく時価です。そして、その時価は土地の貸し方と整合していなければなりません。
要点を振り返ります。
- 建物のみ売却の基準は時価。築年が進んだ木造アパートほど、未償却残高との差が大きく開く
- 時価の2分の1未満で法人に売ると、個人にはみなし譲渡(所得税法59条1項2号)、法人には受贈益の課税が生じ得る
- 鑑定評価基準では、建物のみの価格は全体の内訳として、積算価格と建物残余法などを関連づけて決める
- 瑞江の想定事例では、未償却残高約454万円に対し、評価の手法による価格は約2,500万円
- 無償返還の届出を出すなら、建物価格に借地権を上乗せしない。地代の水準で土地の相続税評価も変わる
区内でアパートを経営し、法人化を検討している個人オーナーの方、そして関与先の法人化スキームを設計している顧問税理士の先生方。建物の価格は一度決めて登記すれば後から直せません。契約書を作る前に、第三者の目で根拠のある価格を固めておくべきだと断言します。
江戸川区・城東エリアのアパートの法人化や、事業用不動産の評価でお悩みの方は、西葛西の鑑定士による初回無料相談をご利用ください。スキームを比較している段階なら価格等調査報告書(不動産鑑定評価基準に則らない、目的・範囲を限定した価格調査)で足りることもあります。アパート1棟などの収益物件の鑑定評価書は40万円〜、価格等調査報告書は15万円〜です(いずれも税別)。詳しくは料金のご案内と法人・事業用不動産の評価をご覧ください。


