江戸川区の借地に建つご自宅で、契約期間の満了が近づいている。地主の方から「更新料をお願いします」と封書が届き、金額を見て手が止まった。更地価格(建物や借地権などの負担がない状態で、その土地を売った場合の価格)の10パーセントです、相場ですから、と書き添えられている。数百万円という金額に、根拠らしい説明は付いていない。
こうしたご相談は、区内の旧市街に借地を持つ方から繰り返しいただきます。多くの場合、借地人の方は二つのことを同時に気にされています。払わなければ土地を返さなければならないのか、という不安と、この金額は妥当なのか、という疑問です。性質のまったく違う二つの問題が、地主からの一通の請求書の中では区別されないまま届きます。
私たち鑑定士は、更新料の相談を受けたとき、まず「支払義務の有無」と「金額の水準」を切り離すところから始めます。義務があるかは契約書と判例が決める問題で、水準が妥当かは土地の価格から検証する問題です。本記事では、江戸川区の借地慣行を踏まえて、借地人の方が確認すべきことを順に整理します。なお、契約解釈や交渉の法的な見通しは弁護士に、課税上の取扱いは税理士にご確認ください。
更新料に法的な支払義務はあるのか
特約がなければ、請求されても支払義務は生じない
最初に結論を申し上げます。借地契約書に更新料を支払う旨の定めがない場合、請求されたというだけでは借地人に支払義務は生じません。最高裁判所は昭和51年10月1日の判決で、宅地の賃貸借において期間が満了したとき賃貸人の請求があれば当然に賃借人の更新料支払義務が生じるという商慣習または事実たる慣習は存在しない、と判断しました。「借地の更新料は世間の常識だから払うのが当然」という主張は、法的な根拠を持ちません。
この判決は半世紀近く前のものですが、現在も実務の前提として生きています。更新の話が出たら、最初にすべきは相場を調べることではなく、手元の契約書に更新料の条項があるかを確認することです。
特約があれば、不払いが解除につながることもある
一方、契約書に更新料の定めがあり金額も確定している場合は話が変わります。最高裁判所は昭和59年4月20日の判決で、更新料の不払いが解除原因となるかは、借地権設定後の当事者双方の事情や合意が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考慮して判断すべきである、としました。この事件では、支払を約束し金額まで合意しながら支払わなかったことが信頼関係を破壊する行為にあたるとして、解除が認められています。
逆に言えば、金額が特定されていない「協議のうえ相当額を支払う」という条項だけでは、直ちに解除されるとは考えにくい。条項が支払義務を発生させる程度に具体的かどうかが分かれ目です。この判断は法律の専門的な評価を伴いますので、弁護士にご確認ください。
更新料を払わなくても、借地権が消えるわけではない
もう一つ押さえておきたいのが、更新そのものの仕組みです。平成4年8月1日より前に設定された借地権には、借地借家法の附則により現在も旧借地法が適用され続けます。江戸川区の旧市街に残る借地の多くはこちらです。旧借地法6条のもとでは、期間が満了しても借地人が土地の使用を継続していれば契約は更新されたものとみなされ、地主が異議を述べるには旧借地法4条1項の「正当の事由」が必要です。平成4年8月1日以降に設定された借地権でも、借地借家法5条と6条が同様の枠組みを定めています。
正当の事由は、地主が自らその土地を使う必要性、従前の経緯、利用状況、立退料の提供などを総合して判断されるもので、簡単に認められるものではありません。更新料を払わなかったという一事だけで借地権が消えることはない、と申し上げてよい制度設計です。
「更地価格の10パーセント」という数字はどこから来たのか
更新料の実務水準は更地価格の3パーセントから5パーセント
では、支払う場合の実務水準はいくらか。公的な統計はありませんが、よく示されるのは更地価格の3パーセント程度、東京都区部の調査例では5パーセント前後という水準です。借地権価格を基準に語る場合は5パーセントから10パーセントの範囲が標準的とされます。借地権割合が60パーセントの土地なら、更地価格の3パーセントと借地権価格の5パーセントはほぼ同額ですから、二つの言い方は矛盾しません。
冒頭の請求書に戻ります。「更地価格の10パーセント」はこの水準の2倍から3倍です。相場ですからと書かれていても、更新料の一般的な水準としては説明がつきません。
10パーセントは、更新料ではなく承諾料の水準
なぜ10パーセントが独り歩きするのか。借地をめぐる金銭には更新料のほかに複数の種類があり、そのいくつかが10パーセントという水準で語られるからです。借地権を第三者へ譲渡する際の譲渡承諾料は借地権価格の10パーセント前後、木造から鉄筋コンクリート造へ建て替えるような借地条件の変更にともなう承諾料は更地価格の10パーセント前後が目安とされます。この後者が、更新の場面に持ち込まれているケースを実際に目にします。
| 金銭の種類 | 発生する場面 | 水準 |
|---|---|---|
| 更新料 | 期間満了と更新 | 更地価格の3〜5% |
| 譲渡承諾料 | 借地権の譲渡 | 借地権価格の10%前後 |
| 条件変更承諾料 | 堅固建物への建替 | 更地価格の10%前後 |
| 建替承諾料 | 同構造での建替 | 更地価格の2〜5% |
発生する場面が違えば、対価の性質も違います。更新の場面で更地価格の10パーセントを求められたら、それが何に対する対価なのかを確かめてよい。私たちはそう考えます。
更新料は何に対する対価なのか
裁判例や学説では、更新料の性質は一義的に決まっていません。低い地代を補う前払的な性格、更新を拒まれないことへの対価、紛争を避けるための解決金といった性格が、事案ごとに重なり合って論じられます。
性質が一つに決まらないなら、金額も一つに決まりません。地代が相場並みに改定されてきた借地と、固定資産税相当額に近いまま据え置かれてきた借地とでは、妥当な水準は当然変わります。江戸川区の旧市街では後者が多く、その分だけ更新料に地代の補完的な意味が乗りやすい。地主側の請求にも一定の合理性がありうる、ということです。
江戸川区の借地で、いま更新期が重なっている理由
旧法借地が20年周期で更新期を迎える
江戸川区は、小岩・平井・松江・鹿骨といった旧市街に、戦前から戦後にかけて設定された借地関係が今も残る地域です。旧借地法では、木造などの非堅固建物(鉄筋コンクリート造などの堅固建物以外の建物)を所有する目的の借地権は、更新後の存続期間が20年とされていました。昭和の終わりから平成の初めに更新した借地は、平成の終わりから令和にかけて次の更新期を迎え、さらに20年後がまた巡ってきます。区内で更新の相談が波のように寄せられるのは、この周期によるものです。
地価の上昇が請求額をそのまま押し上げる
更新料が更地価格を基準に算定される以上、地価が上がれば請求額も上がります。国土交通省の地価公示では2026年の江戸川区の住宅地は前年比で上昇し、区内でも駅ごとに差がついています。前回の更新から20年が経っていれば、同じ「更地価格の5パーセント」という算式でも金額は当時とかなり違う。率の話と価格の話は分けて進める必要があります。率が妥当でも、基準となる更地価格の把握が古ければ結論は妥当になりません。
借地権割合そのものの読み方については、江戸川区の借地権割合は60%が中心で整理していますので、あわせてお読みください。
想定されるケース|平井の132平方メートルで更新料を検証する
具体的な数字を置きます。江戸川区平井の住宅地、地積132平方メートル(約40坪)、木造2階建ての自宅が建つ旧法借地。相続税路線価(国税庁が毎年公表する、路線に面する標準的な宅地の1平方メートル当たりの価額)は1平方メートル当たり35万円、路線価図の借地権割合はD(60パーセント)。地代は月額3万5,000円、年額42万円という前提です。
路線価は公示価格水準のおおむね8割とされていますから、更地価格は1平方メートル当たり44万円前後、総額でおよそ5,800万円と置きます。借地権価格は相続税評価の考え方で5,800万円の60パーセント、3,480万円です。
| 算定の考え方 | 金額 | 地代の何年分か |
|---|---|---|
| 更地価格の10% | 580万円 | 約13.8年分 |
| 借地権価格の10% | 348万円 | 約8.3年分 |
| 更地価格の5% | 290万円 | 約6.9年分 |
| 更地価格の3% | 174万円 | 約4.1年分 |
地代の何年分かという物差しを当てる
右端の列が、この表で最も使える物差しです。更新後の存続期間は20年、その20年分の地代は840万円です。更新料が580万円なら、20年間に地主へ支払う総額の4割強を更新の時点で一括前払いすることになります。更新料に前払的な性格があるとしても、この比率は重い。一方174万円なら地代の4年分ほどで、20年という期間に対して説明のつく水準に収まります。
地代が相場に比べて著しく低い借地なら、前払的な性格が強く出て水準は上がります。逆に地代が近年改定され相場並みになっている借地で、さらに更地価格の10パーセントを求められているなら、二重取りではないかと問うてよい場面です。
更地価格の把握が出発点になる
この試算は更地価格5,800万円という前提の上に成り立っており、ここが動けばすべての金額が動きます。路線価を0.8で割り戻す方法は概算としては有効ですが、間口が狭い、奥行きが長い、接道が二メートル未満で再建築に制約がある、といった個別性の強い土地では実際の市場価格と乖離します。区内の旧市街には、まさにそうした土地が多い。「更地価格の何パーセント」という交渉をするなら、その更地価格自体に共通の土台が要ります。
提示額に納得できないときの進め方
契約書と過去の経緯を先に固める
まず契約書です。更新料の条項があるか、あるなら金額または算定方法まで書かれているか。次に前回の更新でいくら支払ったか、領収書や覚書が残っているか。地代の改定履歴も重要です。この三点が揃うと交渉の土俵がはっきりし、前回が更地価格の3パーセント相当だったのであれば、今回だけ10パーセントを求められる理由の説明を求められます。
あわせて、建て替えや将来の売却を考えているなら、更新料だけを切り出すより承諾の協議まで含めて一度に話すほうが総額を抑えられることがあります。地主側がどの出口を見ているかは底地は誰に売るかで価格が3倍変わるで整理しています。
価格の根拠を第三者の資料で用意する
感覚や伝聞ではなく、価格の根拠となる資料を持って協議に臨むことをお勧めします。当事者間の協議で概算の水準を把握したい段階なら価格等調査報告書で対応でき、調停や訴訟に進む可能性がある段階では不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書が必要です。どちらを選ぶかは、その資料をどこに出すかで決まります。
なお、更新料の「正解額」を鑑定評価で直接求めるわけではありません。私たち鑑定士がお出しできるのは更地価格・借地権価格という交渉の土台であり、そこに何パーセントを乗じるかは当事者の合意の領域です。土台が共有されて初めて、率の議論が意味を持ちます。
合意できない場合に何が起きるか
協議がまとまらないまま期間が満了しても、借地人が土地の使用を継続し地主が正当の事由をもって異議を述べなければ、契約は法定更新(当事者の合意がなくても法律上当然に契約が更新される仕組み)となります。下級審には、更新料の特約は合意更新の場合に適用され法定更新には及ばないとしたものもあります。
ただし、それは地主との関係が今後20年続くことも意味します。建て替えや譲渡のたびに承諾が必要な以上、支払義務がないという結論だけで押し切ることが得かは別の判断です。お伝えしたいのは、払う払わないを決める前に金額の妥当性を検証できる材料を持ってください、ということです。材料があれば、減額の合意も納得して支払う判断も選べます。
借地権・底地に関する評価のご相談は借地権・底地の評価でも受け付けています。
まとめ
借地の更新料は、契約書に定めがなければ請求されただけで支払義務が生じるものではなく、「更地価格の10パーセント」が更新料の一般的な水準というわけでもありません。支払義務の有無と金額の妥当性は、切り離して検討すべき別の問題です。
要点を振り返ります。
- 更新料の特約がなければ、請求があっても当然には支払義務は生じない(最高裁判所 昭和51年10月1日判決)
- 特約があり金額も確定している場合、不払いが解除につながることがある(最高裁判所 昭和59年4月20日判決)
- 更新料の実務水準は更地価格の3〜5パーセント、借地権価格の5〜10パーセントが目安
- 更地価格の10パーセントは、条件変更承諾料など別の場面の対価として語られる水準
- 江戸川区の旧法借地は更新後の期間が20年で、地価上昇が請求額を押し上げる
- 率を議論する前に、基準となる更地価格に共通の土台を作ることが先
江戸川区で更新期を迎えた借地人の方、更新料を提示しようとしている地主の方、そして相談を受けた税理士・弁護士・司法書士の先生方にとって、更新料は根拠が見えにくいまま金額だけが動きやすい論点です。だからこそ、土地の価格という共通の物差しを先に置くことに意味があります。
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