「子どもの学校が変わらないように、離婚しても今の家に住み続けたい。家賃相当額を払えと言われたら、いくらが妥当なのでしょうか」。離婚後の家賃相当額をめぐるご相談は、江戸川区でも東西線沿線のファミリーマンションを中心に珍しくありません。名義とローンは夫、住むのは妻と子ども。誰が誰にいくら払うのかが決まらず、話し合いが止まってしまうのです。
結論から申し上げます。家賃相当額の出発点は、その住戸を第三者に貸したときに得られる市場賃料です。不動産鑑定評価基準では、新規賃料を積算法(元本価格に利回りを掛けて経費を足す方法)と賃貸事例比較法(近隣の賃貸事例と比べる方法)などで求めます。西葛西の築22年・72平方メートルの想定住戸で試算すると、市場賃料は月17万円台です。ただし、実際にいくら払うかは「無償で貸すのか(使用貸借)、賃料を取って貸すのか(賃貸借)、共有のまま住むのか」という住み方の形で変わり、7年間の合計では0円から1,400万円超まで開きます。
本記事では、この4つの形の違いと、家賃相当額の求め方を、私たち鑑定士の立場から整理します。なお、財産分与や婚姻費用の具体的な結論はご事情によって変わりますので弁護士に、贈与税・所得税などの税務の取扱いは税理士にご確認ください。
離婚後に自宅に住み続ける4つの形
使用貸借|無償で住むが、立場は弱い
使用貸借とは、無償で物を借りる契約です(民法593条)。家賃の支払いはありませんが、借主は通常の必要費を負担します(民法595条1項)。
問題は終わり方です。期間を定めればその満了で終了し、期間を定めず目的だけを定めた場合は、目的に従った使用を終えたとき、またはそれに足りる期間を経過したときに貸主が解除できます(民法597条・598条1項)。期間も目的も定めなければ、貸主はいつでも解除できます(民法598条2項)。借主が亡くなれば、それだけで終了します(民法597条3項)。
さらに使用借権には第三者への対抗力がなく、元夫が自宅を売却したり競売になったりすれば、新しい所有者からの明渡し請求に対抗できません。
賃貸借|家賃を払う代わりに、強く守られる
賃料を払って借りる賃貸借であれば、借地借家法が適用されます。建物の引渡しを受けていれば、登記がなくても、その後に建物を取得した者に賃借権を主張できます(借地借家法31条)。貸主からの更新拒絶や解約申入れには正当事由が必要です(同法28条)。
その分、毎月の家賃が発生します。この家賃がいくらなら妥当かが、家賃相当額の問題です。
定期建物賃貸借|子どもの卒業までと期限を区切る
もう一つの選択肢が、定期建物賃貸借(定期借家)です。期間を定めて、公正証書などの書面で契約し、更新がないことをあらかじめ書面で説明すれば、期間満了で確実に終了させられます(借地借家法38条1項・3項)。
「末の子が中学を卒業する3月まで」と終期を決めれば双方に見通しが立ち、その分賃料を市場賃料より抑えて合意する組み立ても考えられます。
共有のまま住む|持分を超える使用の対価
共有名義の自宅に離婚後も一方が住み続ける場合は、2023年4月施行の改正民法249条2項が働きます。共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対して自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負います。持分2分の1ずつなら、市場賃料の2分の1が問題になり得るということです。
使用貸借と賃貸借の境目はどこにあるか
固定資産税を払っても使用貸借のまま
「家賃はいらないが、固定資産税くらいは払ってほしい」という取決めはよくあります。最高裁判所昭和41年10月27日判決は、借主が固定資産税などの公租公課を負担していても、それが使用の対価と認められる特段の事情がない限り、使用貸借であると判断しています。
少額の負担を約束しただけでは賃貸借にならず、借地借家法の保護を受けられない可能性があります。守られた立場で住み続けたいなら、賃料として相応の水準を定める必要があります。
合意書に残すべき5つの項目
離婚協議書や合意書には、少なくとも次の5点を書いておくことをおすすめします。
- 契約の種類(使用貸借か、普通借家か、定期借家か)
- 期間または終期(「長女が中学校を卒業する年の3月31日まで」など)
- 賃料の額と、管理費・修繕積立金・固定資産税の負担者
- 賃料の改定の取扱い(物価や相場の変動をどう反映するか)
- 売却・借換えの際の取扱い(事前通知、明渡し猶予など)
家賃相当額の求め方|不動産鑑定評価基準の3つの手法
新規賃料を求める手法
不動産鑑定評価基準(総論第7章第2節)は、新規賃料を求める手法として、積算法、賃貸事例比較法、収益分析法を定めています。収益分析法は企業用の不動産を対象とする手法ですので、住宅では積算法と賃貸事例比較法が中心になります。
元夫婦の間で新たに賃貸借を結ぶ場合に求めるのは、「これから貸すとしたらいくらか」という新規賃料です。賃貸借が続いた後に賃料を改定する場面では、継続賃料という別の考え方になります。
積算法|元本価格に利回りを掛ける
積算法は、対象不動産の基礎価格に期待利回りを掛け、そこに必要諸経費等を足して賃料を求める方法です。想定する住戸で計算すると、次のようになります。
| 項目 | 前提 | 年額 |
|---|---|---|
| 純賃料 | 基礎価格5,800万円×期待利回り2.5パーセント | 145万円 |
| 減価償却費 | 建物相当部分1,500万円を残存50年で償却 | 30万円 |
| 管理費・修繕積立金 | 月3.5万円 | 42万円 |
| 公租公課・損害保険料 | 固定資産税・都市計画税16万円+保険2万円 | 18万円 |
合計は年235万円、月額にすると約19.6万円です。これを積算賃料といいます。
難しさは期待利回りの置き方にあり、2.5パーセントを3.0パーセントにすれば月額で約2.4万円上がります。地価が上がった地域ほど、積算賃料は市場の実感より高く出やすくなります。
賃貸事例比較法|近くの同じような住戸と比べる
賃貸事例比較法は、近隣の類似した賃貸事例を集め、事情補正・時点修正・地域要因と個別的要因の比較を行って賃料を求める方法です。同じ棟や同じ駅圏の、広さ・築年・階数が近い住戸が最も有力な資料になります。
想定住戸については、西葛西駅圏の築15〜25年・65〜75平方メートルの事例から比べて、月17万円(管理費込み)と査定したものとします。これを比準賃料といいます。
2つの試算賃料をどう調整するか
積算賃料19.6万円と比準賃料17万円の差について、私たち鑑定士は資料の信頼性を検討して1つの額に絞り込みます。ファミリー向け賃貸市場が厚い西葛西では、実際の事例に基づく比準賃料を重視して月17.5万円程度とする、というのが想定ケースの結論です。
断言しますが、「積算で出た数字」か「ポータルサイトの平均」のどちらか一方だけで家賃相当額を決めると、相手方から必ず反論の余地を与えます。手法ごとの根拠を並べ、なぜその額に絞ったかを説明できることが、話し合いを前に進める条件です。
江戸川区の賃料水準をどう読むか
募集賃料は上昇が続いている
アットホームの「全国主要都市の賃貸マンション・アパート募集家賃動向(2026年8月)」によれば、東京23区のマンションの50〜70平方メートル(ファミリー向き)の平均募集家賃は26万3,469円で、前年同月比6.5パーセント上昇し、2015年1月以降の最高値を更新しています。家賃は賃料に管理費・共益費を加えた額で、都心区を含む23区全体の平均です。
江戸川区については、LIFULL HOME'Sの江戸川区の家賃相場(駅徒歩10分以内の物件、管理費等を除く)で3LDKが23.04万円と表示されています(2026年10月閲覧)。ただし、ポータルサイトの相場は募集中の物件の平均で、築浅の物件に引っ張られます。築20年を超える分譲マンションの1室の賃料は、これを下回るのが通常です。相手方が「ネットで見たら3LDKは23万円だった」と主張してきたときに、築年・広さ・駅距離の違いを示せるかが分かれ目になります。
沿線と浸水想定で賃料も変わる
区内の賃料は、東西線の西葛西・葛西、都営新宿線の船堀・一之江、総武線の小岩・平井と、沿線ごとに水準が異なります(地価の沿線差は江戸川区の地価を沿線で比較で分析しています)。
また、2020年8月28日から、宅地建物取引業者は賃貸の重要事項説明でも水害ハザードマップ上の所在地を説明することになりました。浸水想定区域が広い江戸川区では、同じ棟でも低層階か高層階かで借り手の受け止め方が分かれ、家賃相当額の比較でも階層が重要な要素になります。
西葛西のマンションで試算する|7年間で1,400万円以上の差
想定するケース
以下は想定されるケースであり、実在の物件・取引ではありません。西葛西駅徒歩8分、築22年、専有面積72平方メートルの3LDK。想定時価5,800万円、上で求めた家賃相当額は月17.5万円(管理費込み)です。妻と長女・次女が住み続け、次女が中学校を卒業するまでの7年間(84か月)を居住期間とします。
| 住み方の形 | 毎月の支払 | 7年間の合計 | 住む側の立場 |
|---|---|---|---|
| 使用貸借(無償) | 0円 | 0円 | 弱い。対抗力なし |
| 普通借家(市場賃料) | 17.5万円 | 1,470万円 | 強い。引渡しで対抗力 |
| 定期借家(減額して合意) | 10万円 | 840万円 | 終期まで確実に住める |
| 共有持分2分の1で居住 | 8.75万円 | 735万円 | 持分あり。分割請求の余地 |
定期借家の10万円は合意の一例として置いた数字、共有のケースは市場賃料17.5万円に元夫の持分2分の1を掛けた額です。
1,470万円は持分の価値の半分に当たる
無償で住むか、市場賃料を払うかの差は、7年で1,470万円です。想定時価5,800万円の自宅を2分の1ずつ分けた場合の持分2,900万円の、ほぼ半分に当たる金額です。
だからこそ、家賃相当額は財産分与の全体像の中で考える必要があります。自宅を夫に分与して妻に一定期間の無償居住を認めるのか、妻が持分を取得して代償金を払うのか。居住の利益を金額で示せれば、選択肢を同じ物差しで比べられます。なお、家事事件手続法154条2項4号は、財産分与の審判で金銭の支払や物の引渡しなどの給付を命じることを認めており、自宅に使用借権や賃借権を設定する方法も解釈上認められています。どの形が適切かは弁護士とご相談ください。
婚姻費用・養育費との二重計上に注意
夫が住宅ローンを払い続け、妻子がその家に住む場合、夫は住居費を負担していることになります。婚姻費用や養育費の算定でこの負担をどう考慮するかが論点になることがあり、家賃相当額はその調整の基礎にもなります。二重に数えたり見落としたりしないよう、具体的な調整方法は弁護士にご確認ください。家賃相当額の受取りや無償での貸付けに伴う税務の取扱いは、税理士にご確認ください。
家賃相当額の根拠をどう用意するか
協議の段階なら価格等調査報告書で足りることが多い
話し合いで目安を共有したい段階なら、目的と範囲を限定した価格等調査報告書で足りることが多く、費用も抑えられます。相手方が示した家賃の数字を確かめたいだけなら、セカンドオピニオン(相手方の資料の検証)という方法もあります。
調停・裁判で争うなら鑑定評価書
一方、家賃相当額が調停や訴訟で争点になっている場合は、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書が必要です。新規賃料の鑑定評価書は30万円〜(税別)、調停・訴訟など争訟案件は価格等調査30万円・鑑定評価書60万円(税別)を起点にお見積りします。詳しくは料金のご案内をご覧ください。
自宅の価格も争点になる場合は、価格と賃料を同じ前提で求めておくと主張の一貫性が保てます。財産分与で価格をどの時点で評価するかについては財産分与の価格時点は別居時か分割時かで、住宅ローンが残る自宅の分け方はオーバーローンの自宅は財産分与でどう分けるのかで整理しています。
まとめ
離婚後も妻子が自宅に住み続けるとき、家賃相当額の出発点はその住戸の市場賃料です。そして、無償で住むか、賃料を払うか、共有のまま住むかという形の選択によって、7年間で0円から1,400万円超までの差が生まれます。
要点を振り返ります。
- 使用貸借(民法593条)は無償だが、期間・目的の定め方次第で貸主が解除でき、第三者にも対抗できない
- 賃貸借なら借地借家法31条で引渡しによる対抗力があり、定期借家(同法38条)なら終期を確実に決められる
- 固定資産税を負担する程度では使用貸借のまま(最判昭和41年10月27日)
- 共有のまま住む場合は、民法249条2項により持分を超える使用の対価が問題になり得る
- 家賃相当額は積算法と賃貸事例比較法で求め、ポータルサイトの募集平均をそのまま当てはめない
- 西葛西の想定住戸では月17.5万円、7年で1,470万円と、持分の価値の半分に当たる金額になる
離婚後の住まいをどう確保するか迷っておられる江戸川区・城東エリアの方、相手方から家賃相当額を示されて妥当性を確かめたい方、依頼者の居住継続について客観的な賃料資料をお探しの弁護士の先生方。住み方の形と金額を同じ物差しで比べることが、子どもの生活を守る合意への近道です。離婚・財産分与における評価の考え方は離婚・財産分与のための不動産鑑定もあわせてご覧ください。
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