毎年3月に地価公示が公表されるたび、「江戸川区の地価は◯%上がった」という見出しが並びます。ご自宅の売却を考えている方、相続で不動産を分けようとしている方から、「うちの土地もその分だけ上がったと考えてよいのでしょうか」というご相談をいただくのは、決まってこの時期です。
結論から申し上げます。区の平均変動率は目安にはなりますが、あなたの土地の値動きとは相当にずれる可能性があります。2026年(令和8年)地価公示で江戸川区に置かれた標準地を一つずつ確認すると、同じ区内でありながら、上昇率は3.1%から15.0%まで開いていました。「江戸川区は5.7%」という一つの数字は、この幅を平らにならした結果にすぎません。
本記事では、私たち鑑定士が実際の評価で使っている地価公示のデータを、最寄駅別・駅からの距離別に整理し直し、区平均という一つの数字では見えないものをお伝えします。
2026年地価公示で江戸川区はどう動いたか
住宅地5.7%、商業地8.7%という結果
地価公示(地価公示法に基づき、国土交通省の土地鑑定委員会が標準地を選定し、毎年1月1日時点の正常な価格を判定して公表する制度)の2026年分は、2026年3月17日に東京都財務局から東京都分の概要が公表されました。
江戸川区の対前年平均変動率は、住宅地5.7%、商業地8.7%、工業地7.8%、全用途6.3%です。前年の2025年(令和7年)は住宅地5.1%、商業地8.1%でしたので、いずれも上昇幅が拡大しました。区部の継続地点1,530地点はすべて価格が上昇しており、江戸川区にも下落した標準地はありません。
23区の中での位置づけ
区部全域の住宅地の変動率は9.0%で、前年の7.9%から拡大しました。江戸川区の5.7%は、これを3.3ポイント下回ります。
東京都財務局の概要によれば、区部23区で住宅地の上昇率が最も小さかったのは葛飾区の5.6%、次いで江戸川区の5.7%、練馬区の6.2%。商業地でも最も小さかったのは足立区の8.5%、次いで江戸川区の8.7%、練馬区の8.9%でした。江戸川区は、住宅地・商業地ともに23区で下から2番目という位置にあります。
| 区分 | 住宅地 | 商業地 |
|---|---|---|
| 都心5区 | 13.0% | 13.6% |
| 区部全域 | 9.0% | 13.8% |
| 東京都全域 | 6.5% | 12.2% |
| 江戸川区 | 5.7% | 8.7% |
(東京都財務局「令和8年地価公示価格(東京都分)の概要」および「区市町村別用途別対前年変動率表」による)
上昇率が低いことは「弱さ」を意味しない
ここで注意していただきたいのは、上昇率の低さと市場の弱さは別物だということです。
同じ2026年の公表資料によれば、江戸川区の平均価格は住宅地が441,100円/平方メートル(坪あたり約146万円)、商業地が857,400円/平方メートルです。区部全域は住宅地856,400円/平方メートル、商業地4,015,100円/平方メートルですから、江戸川区の住宅地は区部平均のおよそ半分の水準にあります。価格水準が相対的に低い地域では、投資的な資金の流入が穏やかで、実際にそこに住む人の購買力が価格を支えます。江戸川区の5.7%は、そうした市場の性格を映した数字だと私たちは見ています。
駅別に見た江戸川区の温度差
89地点を最寄駅ごとに集計する
2026年地価公示で江戸川区に置かれた標準地は89地点、うち用途区分が住宅地で前年との比較ができる継続地点は67地点です。この67地点の変動率を単純平均すると5.66%となり、公表されている区の平均変動率5.7%とほぼ一致します。同じ方法で最寄駅ごとに平均を取れば、区内の地域差を無理なく比較できます。
| 最寄駅 | 地点数 | 平均変動率 | 単価の中央値 |
|---|---|---|---|
| 平井 | 5 | 7.98% | 519,000円 |
| 船堀 | 7 | 6.26% | 457,000円 |
| 西葛西 | 6 | 6.07% | 555,500円 |
| 小岩 | 9 | 5.63% | 393,000円 |
| 瑞江 | 7 | 5.59% | 404,000円 |
| 一之江 | 8 | 5.36% | 385,000円 |
| 新小岩 | 5 | 5.36% | 385,000円 |
| 葛西 | 10 | 5.07% | 469,500円 |
| 篠崎 | 8 | 4.77% | 340,000円 |
単価は1平方メートルあたりの数値です。京成小岩・葛西臨海公園は該当が各1地点のため、この表からは除いています。
最も高い平井と最も低い篠崎の差は3.2ポイント。区平均5.7%を挟んで、上下に大きく開いていることがわかります。
平井・船堀・西葛西が上位に来た理由
首位の平井は、JR総武線で錦糸町・秋葉原方面へ直通し、江戸川区の中では最も都心に近い位置にあります。東京都財務局は、区部の住宅地について、都心区および隣接する利便性や住環境に優れた区を中心に幅広く地価が上昇したと分析していますが、平井の7.98%は、その波及がはっきり届いていることを示しています。
船堀と西葛西も、駅を中心に住宅地がまとまって形成されており、徒歩圏の厚みがそのまま数字に出ました。とくに西葛西は、単価の中央値555,500円/平方メートルが今回集計した9駅の中で最も高く、価格水準と上昇率の両方で区内上位に位置しています。
篠崎・葛西が伸びきらなかった理由
一方、篠崎の4.77%、葛西の5.07%は区平均を下回りました。篠崎の8地点のうち5地点は最寄駅まで1,100メートル以上あり、鹿骨・大杉といったバス利用が現実的な選択肢になる地域が平均を押し下げています。葛西も、10地点中5地点が1,000メートル以上離れています。
つまり、駅名で区切った差の相当部分は、「駅からどれだけ離れているか」の違いに由来している可能性があります。そこで、切り口を変えてみます。
本当の分水嶺は「駅からの距離」だった
距離帯で切ると差が鮮明になる
同じ住宅地67地点を、最寄駅までの道路距離で3つに分けて集計しました。
| 最寄駅までの距離 | 地点数 | 平均変動率 | 単価の中央値 |
|---|---|---|---|
| 600メートル未満 | 11 | 6.60% | 521,000円 |
| 600メートル以上1,000メートル未満 | 22 | 6.24% | 477,500円 |
| 1,000メートル以上 | 34 | 4.98% | 388,000円 |
最も近い層と最も遠い層の差は1.62ポイント。単価の中央値でも、521,000円と388,000円で3割以上の開きがあります。
注目していただきたいのは、600メートル未満と1,000メートル未満の間には0.36ポイントの差しかないのに対し、1,000メートル以上になると一気に1.26ポイント落ちる点です。1,000メートルは徒歩でおよそ13分。住宅を探す方が物件情報を「駅徒歩◯分」で絞り込む以上、この線が価格形成の実質的な境界になっています。
そして江戸川区の住宅地67地点のうち、半数を超える34地点が1,000メートル以上に位置します。区の平均変動率が23区で下位になる背景には、区域が広く駅から離れた住宅地の比重が大きいという構造的な事情があります。
同じ「西葛西」でもこれだけ違う
具体的に見てみましょう。いずれも西葛西駅を最寄りとする、2つの標準地です。
- 西葛西7丁目23番14(西葛西駅から850メートル、第一種住居地域):595,000円/平方メートル、変動率プラス8.8%
- 西葛西1丁目2番11(西葛西駅から1,200メートル、第一種中高層住居専用地域):425,000円/平方メートル、変動率プラス4.2%
仮にそれぞれの地点で100平方メートルの敷地を持っていたとして、公示価格をそのまま当てはめると、資産額は5,950万円と4,250万円になります。前年の公示価格で計算すると5,470万円と4,080万円ですから、1年間の増加額は480万円と170万円。単価で1.4倍、1年の値上がり額では約2.8倍の開きです。
同じ「西葛西の土地」と呼ばれていても、実態はこれだけ違います。なお、これは公示価格を単純に面積倍しただけの試算であり、実際に成立する価格は個別の条件によって上下します。
ただし距離は「法則」ではありません
もっとも、距離だけですべてが説明できるわけではありません。葛西では、駅から450メートルの中葛西3丁目が4.2%にとどまった一方、1,100メートル離れた南葛西1丁目が8.6%と大きく上昇しています。前者はすでに598,000円/平方メートルという高い単価に達しており、後者は割安感から需要を集めたと読むのが自然です。
距離は強い傾向ではあっても、法則ではない。ここが、統計を眺めるだけでは詰めきれず、個別の鑑定評価が必要になる理由です。
商業地は駅前が牽引した
二桁上昇した標準地
江戸川区の商業地の変動率は8.7%。しかし個別の標準地を見ると、駅前の地点は住宅地とはまったく別の動きをしています。
| 標準地の所在 | 最寄駅・距離 | 単価 | 変動率 |
|---|---|---|---|
| 松江5丁目20番22 | 船堀590メートル | 650,000円 | 15.0% |
| 平井5丁目15番7 | 平井駅前 | 1,480,000円 | 12.1% |
| 船堀2丁目23番18 | 船堀130メートル | 1,030,000円 | 11.4% |
| 西小岩1丁目23番13 | 小岩80メートル | 2,000,000円 | 11.1% |
| 篠崎町7丁目27番8 | 篠崎駅前 | 835,000円 | 11.0% |
| 東葛西6丁目2番11 | 葛西210メートル | 1,070,000円 | 10.9% |
住宅地では最下位だった篠崎が、駅前の商業地では11.0%上昇している点に注目してください。住宅地と商業地では、価格を動かしている需要そのものが違います。店舗需要、そして店舗を併設したマンションの用地需要が、駅前の限られた土地に集中しているためです。小岩駅周辺では江戸川区による市街地再開発事業が進んでおり、駅前が11.1%上昇しているのは、その進捗を市場が織り込んだ結果と読めます。
なお、江戸川区で最も単価が高い標準地は、西葛西6丁目15番2の2,180,000円/平方メートル(変動率プラス8.5%)で、これに小岩駅前が続きます。区の東西を代表する2つの拠点が、価格でも上位を占めている構図です。
水害リスクは地価に織り込まれているのか
ゼロメートル地帯という前提
江戸川区を語るとき、水害リスクを避けて通ることはできません。江戸川区によれば、区の陸域のおよそ7割がゼロメートル地帯(満潮時の水面より低い土地)です。2025年7月には江戸川区水害ハザードマップ第2版が公表され、東京都が新たに示した高潮浸水想定区域図などを反映した内容に更新されました。「浸水想定区域にある土地は評価が下がるのでしょうか」というご質問は、当事務所へのご相談でもよくいただきます。
データが示した意外な結果
ところが今回のデータは、素朴な予想とは違う姿を見せます。駅別で最も上昇率が高かった平井は、荒川と旧中川に挟まれた、区内でもゼロメートル地帯の性格が濃い地域です。それが7.98%で首位に立ちました。
私たち鑑定士の見方はこうです。浸水リスクは、上昇率(変化率)ではなく価格の水準(レベル)のほうに、すでに織り込まれています。江戸川区の住宅地の平均価格が区部平均のおよそ半分にとどまっている事実そのものが、交通利便性・住環境・災害リスクを含む地域要因の総体を反映した結果です。いったん水準に織り込まれた後の変化率は、駅からの距離や需給といった別の要因で決まります。
「織り込み済み」と「これから織り込む」は違う
ただし、これで安心してよいという話ではありません。ハザードマップの改訂、火災保険の水災料率の見直し、金融機関の担保評価方針の変更といった要素は、今後の価格形成に効いてくる可能性があります。実際の鑑定評価では、想定される浸水の深さ、避難のしやすさ、建物1階の用途、敷地の高低差まで確認したうえで、価格への影響を個別に判断します。断言しますが、水害リスクは「あるかないか」ではなく「どの程度、どのように価格へ効いているか」を見るべきものです。
公示地価をご自身の土地に当てはめるときの注意点
標準地の価格は「その地点」の価格です
公示価格は、選定された標準地について、1平方メートルあたりの正常な価格(自由な取引において通常成立すると認められる価格)を示したものです。あなたの土地は、形状・間口・接道状況・角地かどうかといった条件が標準地とは異なります。江戸川区に多い、旧市街の間口が狭い敷地や、路地状の部分を通って出入りする敷地では、標準地の単価をそのまま面積で掛けた金額と、実際に成立する価格との差が大きくなりがちです。この点は江戸川区で不動産鑑定を頼むといくらかかる?費用の目安と依頼から納品までの流れでも触れています。
相続・遺産分割での使い方
相続税の申告で用いるのは、原則として路線価(相続税評価額)です。一方、相続人の間で遺産を分ける協議や調停において「時価」が問題になる場面では、公示価格が有力な資料になります。この使い分けについては、路線価だけで分けると損をするのは誰か|江戸川区の遺産分割で鑑定評価が効く3つの場面で詳しく整理しました。なお、相続税の課税上の取扱いは個別性が高いため、具体的な税額や申告方法については税理士にご確認ください。
売買・借地の場面
売却時期の判断、借地の地代や更新料の協議、底地と借地権の割合の検討。こうした場面でも、公示価格は出発点として有用で、売買・価格に関する評価や相続にともなう不動産評価のご相談でも、まず直近の動きをご説明することから始めます。
ただし、相手方との合意形成や、裁判所・税務署への提出が目的である場合、公示価格を引用するだけでは足りません。不動産鑑定評価書、または価格等調査報告書(不動産鑑定評価基準に則らない方法による価格調査の結果をまとめた書面)という形で、根拠を備えた書面が必要になります。
まとめ
2026年地価公示で江戸川区の住宅地は5.7%上昇し、5年連続のプラスとなりました。しかしこの一つの数字の内側には、最寄駅別で3.2ポイント、駅からの距離帯別で1.6ポイントの開きが隠れています。
要点を振り返ります。
- 江戸川区の変動率は住宅地5.7%(前年5.1%)、商業地8.7%(前年8.1%)で、いずれも上昇幅が拡大した
- 23区の中では住宅地・商業地とも下から2番目。区部全域の住宅地9.0%とは3.3ポイントの差がある
- 住宅地を最寄駅別に集計すると、平井7.98%が最も高く、篠崎4.77%が最も低い
- 最寄駅まで600メートル未満は6.60%、1,000メートル以上は4.98%。駅からの距離が最大の分水嶺になっている
- 商業地は船堀・平井・小岩・篠崎の駅前が二桁上昇し、住宅地とは別の需要が動いている
- 区の陸域の約7割がゼロメートル地帯だが、浸水リスクは価格の水準に織り込まれており、上昇率を抑える要因としては表れていない
相続で不動産を分ける、売却の時期を判断する、借地の条件を協議する。どの場面でも必要になるのは「江戸川区の平均」ではなく「あなたの土地の価格」です。区内で相続や売買を検討されている方、依頼者の不動産の時価を確かめておきたい税理士・弁護士・司法書士の先生方には、区平均の数字だけで判断を進めないことをお勧めします。
江戸川区・城東エリアの不動産の評価でお悩みの方は、西葛西の鑑定士による初回無料相談をご利用ください。地価公示をもとにした地域の概況のご説明から、正式な鑑定評価書の作成まで、目的に応じて対応いたします。


