「簡易鑑定で構いませんので、安くお願いできませんか」。江戸川区で鑑定のご相談をいただくとき、最初の電話でこう切り出される方は少なくありません。費用を抑えたいお気持ちはよくわかります。ただ、この「簡易鑑定」という言葉には、依頼する側にとって見過ごせない落とし穴があります。
先に結論を申し上げます。「簡易鑑定書」という名前の書面は、制度上、作ることが認められていません。安く早く作れる成果物は確かに存在しますが、それは「価格等調査報告書」という別の書面であり、使える場面がはっきり分かれています。どちらを選ぶべきかを決めるのは、物件の大きさでも予算でもなく、その書面を誰に見せるかです。ここを取り違えると、10万円台で作った書面が税務署や裁判所で通用せず、あらためて鑑定評価書を作り直すことになります。
本記事では、私たち鑑定士が根拠としている法令とガイドラインをたどり、二つの書面の境界と、江戸川区で多いご相談ごとの選び方を判断表の形で整理します。
「簡易鑑定」という名前の書面は制度上存在しない
二つの書面を分けている法令上の枠組み
不動産の鑑定評価に関する法律第2条第1項は、不動産の鑑定評価を「不動産の経済価値を判定し、その結果を価額に表示すること」と定めています。書面のタイトルが何であれ、鑑定士が経済価値を判定して金額を示せば、同法上の鑑定評価に当たるということです。
そのうえで実務は二つに分かれます。国土交通省が定める不動産鑑定評価基準(鑑定士が価格を判定する際に従う統一ルール。以下「鑑定評価基準」)のすべての内容に従って行うものが「鑑定評価基準に則った鑑定評価」で、成果物の名称は「(不動産)鑑定評価書」です。手順や記載事項の一部を限定して行うものは「鑑定評価基準に則らない価格等調査」となり、成果物には別の名称を使います。この線引きを定めるのが、国土交通省「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン」(平成21年8月28日 国土地第21号。以下「価格等調査ガイドライン」)です。
重要なのは、このガイドラインが鑑定評価基準に則るか否かにかかわらず適用される点です。安い仕事だからルールが緩くなる、ということはありません。
「簡易鑑定書」という名称が使えない理由
公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会「『価格等調査ガイドライン』の取扱いに関する実務指針」(平成26年9月16日一部改正)は、鑑定評価書との違いを明確にするため、タイトルに「鑑定」または「評価」を用いた類似の名称を使ってはならないと定めています。名指しで挙げられた使用不可の例が、「鑑定調査書」「価格評価書」「簡易鑑定書」「概算評価書」です。
代わりに用いるべきとされているのが、「(調査件名付)調査報告書」「価格調査書」「意見書」といった名称です。当事務所が「価格等調査報告書」と呼ぶのも、この規律に沿ったものです。
つまり「簡易鑑定」は通称として流通しているだけの言葉であり、鑑定士がその名前の書面を発行することは認められていません。「簡易鑑定書」というタイトルの成果物を提示する業者がいたとすれば、その一点だけでも実務指針に反していると断言します。
価格の表題も「鑑定評価額」とは書けない
規律はタイトルだけにとどまりません。実務指針は、価格の表題についても「鑑定調査額」「簡易鑑定額」「概算評価額」等を用いず、「調査価格」「調査価額」「意見価格」とするよう定めています。「正常価格」「特定価格」といった鑑定評価基準上の価格の種類も使えず、代わりに「取引事例比較法を適用した価格等調査」のように価格を求めた方法を記載します。
さらに、調査価格のすぐ近くに、鑑定評価基準に則った鑑定評価を行った場合には結果が異なる可能性がある旨と、記載された以外の目的での使用・記載されていない者への公表や提出は想定していない旨を書くことが義務づけられています。この注意書きこそが、価格等調査報告書の性格を端的に表しています。
価格等調査報告書が認められるのは「理由」がある場合だけ
鑑定評価基準に則らない5つの理由
ここが最も誤解されやすい点です。価格等調査報告書は「依頼者が安くしたいと言えば作れる書面」ではありません。価格等調査ガイドラインは、鑑定評価基準に則らない価格等調査を行える場合を、次の5つの理由のいずれかに当たるときに限定しています。
| 理由 | 内容の要旨 |
|---|---|
| ① 内部使用 | 依頼者の内部における使用にとどまるため |
| ② 影響が小さい | 利用者の判断に大きな影響を及ぼさないため |
| ③ 承諾がある | 開示・提出先の承諾が得られている(公表されない場合に限る) |
| ④ 則ることができない | 鑑定評価基準に定めのない前提条件によるため |
| ⑤ その他の合理的理由 | 依頼目的・利用者の範囲等を勘案した合理的な理由があるため |
実務指針は、まず①または③に当たるかを検討し、いずれにも当たらない場合に②・④・⑤を検討することが望ましいとしています。裏を返せば、内部使用でもなく提出先の承諾もないなら、価格等調査報告書を選ぶ道はかなり狭いということです。
判断を分けるのは「誰が見るか」
価格等調査ガイドラインにいう「利用者」とは、成果の提供時にその調査価格を踏まえて何らかの判断を行う者、すなわち成果を判断材料として積極的かつ直接的に使う人を指します。
実務指針は、依頼者以外の提出先の例として、取引の相手方、親会社、税務署(税務証明の場合)、裁判所(訴訟の場合)、管財人・弁護士・債権者、金融機関を挙げています。これらに提出するなら、合理的な理由がない限り鑑定評価基準に則った鑑定評価を行うべきだ、というのがガイドラインの立場です。
一方、外部監査人や顧問弁護士のように当然に依頼者内部の情報を知りうる立場の者への開示は、内部使用に準じて取り扱えるとされています。ただしその場合も、開示・提出先としてあらかじめ確認し、確認書と成果報告書に明記する必要があります。
「机上調査だから安い」は理由になるが、①〜⑤とは別の話
依頼者提示の資料だけで確認や要因分析を行い、実地調査・役所調査を行わない、いわゆる机上調査。費用を抑える有力な方法ですが、実務指針は机上調査が「④鑑定評価基準に則ることができない場合」には該当しないと明示しています。則ることができるのに則っていない場合だからです。
したがって机上調査でも、①〜⑤のいずれかの理由が別途必要です。加えて、個別的要因は依頼者提示の資料による机上調査の範囲とする調査範囲等条件(調査の範囲を限定する条件)を設定し、その合理的な理由を報告書に書く。この手順を踏んで初めて成り立ちます。
提出先で決まる|用途別の判断表
鑑定評価書でなければ通らない場面
ここまでの整理を実際のご相談に当てはめます。次の場面では鑑定評価書が必要です。
| 場面 | 必要な成果物 | 理由 |
|---|---|---|
| 相続税申告で時価を主張 | 鑑定評価書 | 税務署が調査価格を踏まえて判断する |
| 遺産分割調停・審判への提出 | 鑑定評価書 | 裁判所が利用者に当たる |
| 離婚調停での財産分与 | 鑑定評価書 | 同上。相手方にも開示される |
| 共有物分割・賃料増減額請求の訴訟 | 鑑定評価書 | 同上 |
| 親族間・同族法人間の売買 | 鑑定評価書 | 税務証明として税務署に提出 |
| 法人の減損会計・M&A | 鑑定評価書 | 監査法人への説明資料となる |
いずれも第三者が書面を根拠に判断を下す場面です。価格等調査報告書には「鑑定評価基準に則っていないため結果が異なる可能性がある」という注意書きが付く以上、証拠価値を争われる余地を自ら作ることになります。なお、個別事情で結論は変わりますので、税務上の判断は税理士に、調停や訴訟での取扱いは弁護士にご確認ください。
価格等調査報告書で足りる場面
逆に、次の場面では価格等調査報告書で十分なことが多くあります。
- 相続人どうしで話し合いを始める前に、まず価格の相場観を共有したい(①内部使用に準じる場面)
- 売却するか保有を続けるかを、ご自身の意思決定のために検討したい(①内部使用)
- 社内稟議や取締役会の参考資料として、第三者の価格意見が欲しい(①内部使用)
- 取引予定の相手方との打合せ資料に使うが、相手方の承諾が得られている(③承諾あり)
いずれも、その価格を見て最終的な判断を下すのが依頼者本人か、事情を承知した限られた関係者である点が共通しています。
江戸川区で実際に多いご相談と、その判断
区内のご相談を三つ挙げます。
ケース1|小岩・船堀の旧法借地権付住宅を、地主と話し合いたい
江戸川区の旧市街には旧法借地権(平成4年の借地借家法施行前に設定された借地権)が残る土地が今も相応にあります(詳しくは江戸川区の借地権割合は60%が中心|路線価図の記号と実際の取引価格がズレる理由)。ご自身の頭の整理のためだけなら価格等調査報告書で足りますが、その書面を地主に見せた時点で「開示」に当たり、開示先の承諾が必要になります。最初から地主と共有する前提なら、鑑定評価書のほうが話は早く進みます。
ケース2|西葛西の自宅を、相続人3人でどう分けるか決めたい
裁判所に持ち込む予定のない入口の段階なら、価格等調査報告書で相場観を共有するのは合理的です。実務指針の言う「予備的な価格等調査」に近く、必要になれば後日あらためて鑑定評価書を作る余地が残ります。ただし調停に進む見込みが立った時点で切り替えをご検討ください(路線価だけで分けると損をするのは誰か|江戸川区の遺産分割で鑑定評価が効く3つの場面)。
ケース3|浸水想定区域にある物件の価格を知りたい
江戸川区の大部分はいわゆるゼロメートル地帯に位置し、区の水害ハザードマップでは広い範囲に浸水が想定されています。その影響を価格にどう反映するかは、地盤高や建物の構造・階数、避難経路を確認しなければ判断できません。机上調査を前提とすると、この部分の精度は落ちます。ハザードが結論を左右しそうな案件では、実地調査を伴う形をおすすめします。
依頼前に確認しておきたい3つのこと
「業務の目的と範囲等の確定に係る確認書」を受け取れるか
価格等調査ガイドラインは、鑑定評価基準に則るか否かにかかわらず、業務の目的と範囲等を依頼者と確定し「業務の目的と範囲等の確定に係る確認書」を交付することを求めています。実務指針によれば、原則として契約書面の取り交わしと同時に交付し、その後に記載事項が変われば成果報告書の交付までに再交付します。依頼先を選ぶ際は、この確認書が出てくるかを確かめてください。説明がないとすれば、ガイドラインに沿った手続きが踏まれていない可能性があります。
後から提出先が増えたときにどうなるか
これが最も実害の出やすい点です。価格等調査ガイドラインは、調査終了後に利用者の範囲が広がる場合、公表・開示・提出の前に依頼者が文書等を交付して不動産鑑定業者および不動産鑑定士の承諾を得る必要があるとしています。
そして実務指針は、拡大後の利用者に誤解を与えるおそれがあるため承諾すべきでない場合もあることに留意せよ、と述べています。「とりあえず安いほうで作り、必要になったら提出先を増やせばよい」という考え方は通用しないのです。身内の話し合いのつもりが調停に発展するのは、相続の現場でごく普通に起きます。
費用差の意味を、金額で確かめておく
江戸川区内の一般的な戸建住宅(土地30坪・築25年)を想定し、当事務所の費用目安で比較します。
| 選択 | 費用の目安 | 結果 |
|---|---|---|
| 最初から鑑定評価書 | 30万円 | 調停にそのまま提出できる |
| 価格等調査報告書のみ | 10万円 | 調停では証拠価値を争われうる |
| 価格等調査報告書→後に鑑定評価書 | 10万円+30万円=40万円 | 二度手間で総額は約1.3倍 |
いずれも税別の目安であり、正式な金額はお見積りでご確認ください(費用の詳細は江戸川区で不動産鑑定を頼むといくらかかる?費用の目安と依頼から納品までの流れ)。
**提出先が最初から決まっているなら、価格等調査報告書は節約になりません。**逆に、本当に自分たちの判断材料としてしか使わないのなら、20万円を余計に払う必要もありません。判断の分かれ目は予算ではなく提出先にあります。
まとめ
「簡易鑑定」は、費用を抑えたい気持ちと幅のある実務とが結びついて生まれた通称です。しかし制度の側から見れば、その名前の書面は存在せず、安く作れる成果物には成り立つための条件が定められています。
要点を振り返ります。
- 「簡易鑑定書」「概算評価書」等の名称は実務指針で認められておらず、正しくは「価格等調査報告書」等となる
- 価格等調査報告書では「鑑定評価額」「正常価格」といった表題・用語は使えず、価格を求めた方法を記載する
- 鑑定評価基準に則らない価格等調査ができるのは、5つの理由のいずれかに当たる場合に限られる
- 税務署・裁判所・監査法人など第三者が判断に使う場面では、鑑定評価書が必要になる
- 後から提出先が増える場合は鑑定士の承諾が要り、承諾できないこともある
- 二度手間になれば総額はかえって増える。判断軸は予算ではなく提出先
相続や借地、離婚に伴う財産分与の評価をお考えの方、また地元で顧客を支えておられる税理士・弁護士・司法書士・不動産会社の皆様。ご相談の入口で「この書面は誰に見せるのか」をはっきりさせるだけで、無駄な費用と時間は確実に減らせます。
江戸川区・城東エリアの不動産の評価でお悩みの方は、西葛西の鑑定士による初回無料相談をご利用ください。所在地と、その書面を最終的にどこへ出す可能性があるかをお聞かせいただければ、どちらの成果物が適切かを費用・納期の見通しとあわせてご説明します。


